時間のいろいろ
こんにちは
鍼灸治療院リーチの政岡です。
9月のはじめ陸上の100mで桐生選手が9.98秒と日本人で初めて10秒を切ったことで盛り上がりました。そして昨日も山縣選手が歴代二位に並ぶ10.00と言う記録を出しています。
他にも有力な選手がいるようです。
切磋琢磨がこれからの好記録に拍車をかける。
日本人なら期待するところです。
100mを10秒で走る。
どんな感じなんでしょうか
100mを単純に10秒で割っても10m/s
1秒で10m移動してます。
「いーちぃ」と言ってる間に10m先まで動いてる。
初速0m/sですから加速度計算すると100mの時点では20m/s
100m全力疾走したらゴール手前で息も絶え絶えになる私の1秒とはかなり意味合いが違う。 時間と言う概念は他人と共有しているはずなのに人それぞれが持ってる意味合いはまったく違ってきます。
最近よく「いろいろな時間の長さ」を考えてみたりします。
自分にとってのその「時間」とはどういうものだろう。
たとえば
『1秒』は通勤時とか急いでるときに友達とすれ違いざまに「やあっ!」ってするぐらいの時間だなと思いつけば「挨拶」について考えてみます。
『~10秒』はおなじような状況でも相手が目上の人だったり大事な人だったりで「おはようございます。」とか言葉がついてきたりします。
『1分』ぐらいになると 立ち止まって「おはよう」と挨拶を交わして相手を認識して今日の服装なんかの様子を確かめたりできます。好意を持ってる相手にはこれぐらいの感じで接してるかも知れません。
『10分』になるともう挨拶の域を超えて立ち話 お互いの立場を理解できる気の合う同僚をあいてにして「ねえねえちょっとあの話・・・」とか楽しい雰囲気。
しかしこれを越えて『1時間』の挨拶について考察するとすこし暗い感じになります。1時間の挨拶って何か失敗があって謝罪に行くようなシチュエーションしか思い浮かべられません。謝って先方の言い分を伺って言い訳したり善後策を講じたり早く終わらないかなぁという1時間です。
謝罪でなくても自分にとって1時間も他人と話をすることは苦痛だ
でも日常的にスピーチする人にとっては1時間って使い慣れた時間なんだろうな・・・
・・・とこんなふうに考えていきます。
これをやっていて気づいたことのひとつに
「自分は1年と言う時間がすごく好き」
ということがあります。
『1年』と聞くと顔がほころぶほどほっとする。
どんな難題でも期限が一年後だと
『それぐらいやってみせましょう』
ぐらいの気持ちになります。
おそらく受験生のときに付いた時間の捉え方の癖だろうと思います。
試験勉強がいやでいやでしょうがなかった。
早く逃げ出したかった。
でもみんなやってるからしょうがない
やる気なんてなかったのです。
そんな中で自分の思考の中で見つけたのが不合格でももう一年あれば何とかなるだろうという逃げ道でした。
「一年」を「猶予」としか見ていなかったようです。
だから今でも一年先のことと聞くとほっとする。
ほっとしたままその一年を計画的に運用できずに直前になってあたふたすることが今でもよくあります。
時間は確実に過ぎ去っていきます。
確実に目減りする資産です。
たまに自分にとっての時間を考えてみてください。
自分の側面が見えるかもしれません。
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